今週のレコメンドは朝日美穂であります。ついでに雑誌掲載文インタビューをそのまま再々録しようということです。どうぞー。感想コメントもあればぜひ。
【朝日美穂 プロフィール】
シンガーソングライター。72年9月12日、大阪生まれ、千葉育ち。乙女座のB型。96年『Apeiron』でデビュー。インディーズながら1万枚のセールスを上げ、97年ソニーと契約。00年に契約を解消し、02年岡村靖幸トリビュートアルバム『どんなものでも君にかないやしない』をプロデュース。自身のレーベル『朝日蓄音』を立ち上げ、04年12月に5年ぶりのフルアルバム『ホリアテロリズム』をリリースした。その後にもすうまい発表してます。
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岡村ちゃん
一筋の青春時代
華奢な感じのする女性が、待ち合わせの喫茶店の会議室にひょっこりと、不安そうに一人で顔を見せた。
朝日美穂は透明感のある伸びやかな歌声が特徴の、実力派シンガーソングライター。彼女の作る音楽は不思議な空気感を持っており、リスナーをその独特の世界に誘っていく。セカンドアルバム『Thrill March』は当時、多くの音楽評論でベスト1に挙げられたほどで、かのジム・オルーク(※1)も注目しているという。彼女自身が行っている。無論、簡単なことではない。彼女の「岡村ちゃんラヴ」の想いだけが、その原動力となった。
「高校のクラスで岡村靖幸を好きなのは、私ともう一人の友達だけで、その子と授業中に、岡村ちゃん語で手紙のやり取りをしたりしてました。『岡村靖幸……なんてキレイな漢字の並びなんだろう』とか(笑)。恥ずかしいですけど」
何となくやっていて
何となくデビュー
朝日自身の音楽遍歴を見てみよう。デビューの契機はリットーミュージック主催のオーディションでの優秀賞とサウンド&レコーディング賞の受賞。
「いや、(音楽は)何となくやっていて……(笑)。早稲田大時代に、曲をためて学園祭のライブでやることになって。そこでデモテープを作ったんです。それを何となくオーディションにも出してみて」
彼女の高校の頃の夢はエンジニア。大学へ進学すると教職を取って、先生になろうと思っていたという。ところが就職難の結果、残った職業の選択肢はミュージシャンだった。
シンガーソングライター・朝日美穂を語るとき、避けられないのが音楽プロデューサーで、音楽評論家でもある高橋健太郎という存在の関わりだ。デビューから現在の自主レーベル「朝日蓄音」に至るまで、高橋はずっと朝日美穂に関わっている人物である。高橋が『Sound & Recording Magazine』(※3)で執筆活動をしていたという経緯もあり、二人は出会うことになる。
「賞を頂いた後に(高橋)健太郎さんと会わせて頂いたんです。初対面の印象は『気の弱いオジサンだなあ』って感じだったんですけど、実はコワい(笑)」
音楽を作ることへの
苦しみ、挫折
「私、音楽のこと分からないんですよ(笑)。高橋さんはすごく分かる。ああしたいこうしたいって無理を言っても、すぐ『じゃあ、こうしたら』って提案してくれて、自分の作りたいものを作れるようにサポートしてくれるんです」
この高橋健太郎のプロデュースで、ファーストアルバム『Apeiron』を製作し、彼女は96年10月にデビュー。そのアルバムのリリース後、多数のレコード会社からのオファーがあった。その中から独自のレーベルを始めようとしていたソニーと契約をすることになる。しかし、これが後の思わぬ苦しみにつながっていく。
それまで作品を、自分自身の記念に、という位の気持ちで作ってきたという彼女。それがメジャーに進出してから「人に求められるものを作らなければならない」というプレッシャーに悩むことになる。「何で(音楽を)人に聴かせなきゃいけないんだろう」という思いの強い彼女は、プロに徹することができない自分と自身のポジションのギャップに苦しんだ。
さらに「(曲を作ることで)自分の心の内が不特定多数の目に見えない人々に読まれているよう」な気がして「いやだいやだいやだいやだ……」とそればかり思うようになってしまったのである。
インディーズからの
新たなるスタート
結局、朝日は00年にソニーと契約が切れたことで「すごく気分が楽に」なる。そして、インディーズで活動しているミュージシャンたちが自身のペースで音楽を作っていることを知る。また、(自分を)見られているという意識が強かった曲作りに対しても「自分が見せたいものを見せればいいんだ」と思えるようになった。
00年からインディーでずっとライブ活動を続け、ミニアルバムをリリース、続けて前述した岡村トリビュート『どんなものでも君にかないやしない』をリリースし、2万枚のセールス・好評を得た。このリリースが新しい自分の音楽を探しに行くきっかけになったという。
何事も一度やり方が分かると順序を踏んでしまえばそれと同じものができる。でもそれを続けていると自分自身に飽きてしまう。トリビュートの製作での、多くの初めての体験を通して「新しいものを求めていくのにはよりエネルギーがいる。でもそれをやらないといけない」と気付いたのである。
そんな紆余曲折を経て、遂に5年ぶりのフルアルバム『ホリアテロリズム』は作られた。岡村靖幸から提供された『秘密のフランボワーズ』を含むこのアルバムは色んな音楽の要素を散りばめた玉手箱のような仕上がり。自分を晒け出すまい、と歌詞に隠喩を多く用いたソニー時代の作品と比べて、彼女の言葉がすんなり耳に入ってくる。
何か吹っ切れた彼女は「今ならメジャーでもやれるかも」と笑う。
いつか音楽を
好きになりたい
朝日美穂にとって音楽とは何だろう。その口からは意外な言葉が漏れた。
「いつか音楽を好きになりたい」
彼女はミュージシャンという職業にも関わらず、音楽人生においてずっとコンプレックスを抱えたまま生きてきた。
「4歳から14歳までピアノレッスンを受けていたんですが、始めた頃から落ちこぼれ
で。楽譜を見て弾くのは好きじゃなかったけど、お母さんが怖かったり、止めたら勿
体ないかもと思って続けてて」
しかし、好きではないことをやると同時に、その抑圧の発散のためか、朝日は小さい頃から自分で音楽を作り始める。自分自身の本当に好きな音楽を。音楽へのコンプレックスが朝日美穂というシンガーソングライターを生んだと言ってもいいかもしれない。
純粋に音が鳴るということが面白く、「下手くそだけど」歌うのは楽しい。本当にやりたいことを好きなペースでやる。朝日美穂にとっての音楽は、子供の時からの感覚そのままなのである。
――取材が終わり、部屋を出てから彼女が再び戻ってきた。
「飲み物、ご馳走になっちゃっていいんですかあ?」
ウーロン茶一杯で戻ってきた姿が何とも滑稽で可愛らしい。「お金はない」がマイペースに自分の音楽を作れるようになった朝日美穂。今年の後半に出す予定という次作では、どんな彼女の顔を見られるのだろう?
(対談構成/文:西尾祐飛 @渋谷ルノワール喫茶会議室にて)
