音楽評連載(山本精一&PHEW - 幸福のすみか)

音楽レビュー原稿です。

------Review Start-----

 不安である。

 担当編集ソレンから手渡されたジャケットの女性がこちらを向いている。嫌だ。「このアルバム、不安になりますよ」と言われていたとおり、私も漠然と不安になってしまった。

 「飛ぶひと」の詩はこうだ。「飛ぶひとはおちる/おちるひとはさらにおちる(中略)泥にまみれそしてほろびる」。……やはり嫌だ。さらにその歌声が追い討ちをかける。どう聴いても覇気がない、だがそれにもかかわらず説得力だけはある。ああ、鬱っぽい。

 だがそうも言ってはいられない。このアルバムは何なんだ? 鬱の本質はものごとの本質を見つめる目こそにある、というのが私の持論だが、どうやらそれに似たものらしいというのが歌詞から見えてくる。表題曲「幸福のすみか」では「手の届くところに扉がある/ここから出るのもよし/ここにとどまるもよし/すべてはわたしにまかされている(中略)花のように愛する/まわりの空気を」とある。

 つまり、ネガティヴでもポジティヴでもない、ゲシュタルト崩壊した視野のそのまた先へ――。そんな方向を見つめる目、それが私を凍らせたジャケットのPHEWのまなざしだったのだ、と私は思うのである。……評はさてとりあえず、精神疾患のある方は試聴を避けたほうがよいかも。健常な方も不安になる可能性大。取り扱い注意。

↓こちらから買ってくれるとうれしくなりますのでぜひ。

(文/西尾祐飛 この文章を転載したい場合はトップページよりメールでお知らせ下さい)

 |  Comment(2)  |  TB/Related(0)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.cottonfab.org/mt335/mt-tb.cgi/7988

コメント (2)

以前書き込みしたものです。久しぶりに訪れました。
雄飛さんの原稿に「鬱の本質はものごとの本質を見つめる目こそにある」とあるのが、ちょっと気になりました。よかったら少し解説して下さい。

投稿者: マエダ | 日時: 2004年12月11日 00:52

祐飛です。よくまちがわれます。どうも。

解説もなにもないんですけれどね。うつを患う人っていうのは根が真面目で変に無駄にセンシティヴっていう感じがあるんで、ってなことです。父親がうつ病質なんでそう思います。

自分の内面とかものごとの本質っていうのは見ると疲れますよね。それを見ようとしちまうのがうつ病質って感じがします。そんなとこでいかがでしょう(笑)。

投稿者: nishio | 日時: 2004年12月11日 10:47

コメントを投稿