年も開け、2006年を迎えました。いつものように(お参り行く予定の友達は必ず風邪をひくのです、笑)全く実感はないんですけど。んで、「今年も来たな」とかって、よく考えると不思議な日本語に頭が支配されていたりと、新しい何かへ突入している感覚というのは、自分自身でもよくわからないことなのでしょう。テレビつけたり外に出ると、まわりの感覚から、きっと「新しい年始まんなあー」って思える、というような仕組みなんでしょう。
なんていいながら、自分も別の感覚器官から、「前にあったものの次」に向かってんなあ、とは昨年末あたりから感じていたので、人間あながち捨てたものじゃありません。体内時計というようなものは、確かにあるような気がします。でもって、その感覚というもの。要は寝てていきなり起きて、今何時くらいかなっていうのがわかるかわからないか、みたいな、本当にプリミティヴな感覚というものは、歳を追うに従って、日の出・日の入り(笑)みたいな、そういうものに近づいてる気さえするんだからおかしい。「クロノス時間より、太陽暦に向かっていく若者(自分はまだ若いって感覚がどうしてもあるのでしょうね、いい年して、笑)」って全く意味がわからないんですが、つまり夜になると眠くなるようになった、という面白い変化(でも本来はそれが普通)があって、それに魅了されてます。つまり、歳食ったなあ、自分、と思うことがすごく多くなってきてるんだけど。
私は今23歳、82年生まれです。82年という年は、ちょうど音楽がデジタル化(MIDIっていう電子楽器制御のための規格が発表されたので)の萌芽を見た年に偶然生まれたということになるんですが、最近になって、こういうような、もうほとんど占いで、信じる論拠のないものに惹きつけられたりすることがあります。とりあえず、みんながみんなデジタルデジタル方向へ突き進んでいく中に生まれて、ちょうど中学生でウインドウズ95が出て、今はもはや一人一台が当然になっているという、ITの変遷を見てきたような時代に生まれたんだと思ってます。そして同時に、もう僕らの時代ではないなあと思ったりもしていて、もうついていけないってふと感覚的に思うこともしばしば。23でそれかよとお思いでしょうが、実際そうなんで仕方ない。新しいものに関心が持てなくなって、保守的傾向が高まって、というこの年配にありがちな傾向が、24歳間近になって実感として思うようになってるってので、新しい時代っていうのはもうフェードインしてきてんなー、とかね。そう思ったりします。
僕らにとって、パソコンというのは、それこそインターネットだとか、そういったものはある種の夢とか希望(可能性としての)だったんだと思うし、実際そう思ってました。でも、ここまでインターネットやらパソコンとの付き合いが大勢の人の生活に入り込んだ時代になってしまったので、僕は中学生当時の夢や希望の世界にまさにいる、という感覚で生きていられたらいい気分なのでしょう。しかしながら、夢や希望どころかパソコンやインターネットは怨念や憎悪、愛情といったあらゆる感情の無限維持装置、しかもデジタルだから消えずにループし続ける(苦笑)、って、悪夢をもはや感じているとしか言いようがない。もはやコンピュータの世界は生きるものでなく、使うものになってしまいました。
なんていう意味で、私たちのある夢はすでに壊れてしまった。もちろん、インターネットに可能性はあるだろうし、コンピュータはさらなる変化をするんでしょうが、何かとてつもない変化があるんじゃないかとは全く思えない。想像できる程度にすごくなるんじゃないかなって思ってしまうんで、「ああ、これは歳食ったんだー」というふうに感じてきた、という仕組みです。
では僕らの夢は何もかなわなかったと今諦めるとして、それでもまだ生きていく理由はなんだろうかと考えると、世紀をまたいだ激動の時代(今もある意味その延長線なんでしょうけどね)を生きた自分にとっては、何も起こらないことも楽しめるなあとかって、逆に振れてきて、ちょっともう生きるのを急ぐのはやめようかと思ってきましたね、今書いてるうちに(笑)。いやあ、年始ってやっぱりなんかあるんでしょうか。
というわけで、思いつきにより(うそですけど)このブログはここでストップします。将来きっと、このアーカイヴは自分の宝になるでしょう。自分のことだけを書いただけのウェブサイトに人が来る、というのはとても不思議な体験でした。それを捨てるってのは悲しいなーとも思うのですが、この世の中に生きているならばいつでも再開できるってのもよーくわかったので、ちょうどキリがいいので、元旦にストップする予定でした。
あー、まずいまずい、元旦終わっちまうんでさっさと終わらせないと。
というわけで、人が不特定多数の人間に何かを伝えるのはことほどさように難しく、誤解は常に生まれるし、それによって他人に影響を与えながらネット社会を生きる。というのはちょっと大変なんだと思います、僕らの世代には、もうすでに。
新しい世代の子たちはきっと、全員がマルチタスク化していくだろうし、ってつまり、僕らに今できないことが当たり前にできるようになっていくことは自明です。下の世代は僕らの世代への反省や憧れ、いろいろあるでしょうが、そういったものに影響されて育ってしまうのもこれまた自明ですんで、もう少し経験を積んでから、影響を与えざるをえない世代まで生きて、やむを得ず影響を与える、というある種の文化の継承性の特性に甘んじようと思います。
いままで多くの方に見ていただいたようです(数値としては結構多かった)。ただし、僕のサイトはサイトですから、今の自分とは明らかに違う部分なんてたくさんあります。昔の落書きみたいなもんで(笑)。今読み返すにはちょっと恥ずかしすぎまして、そういう理由をして、一旦終わりってことにさせていただきます。
いままでにこのサイトに書いた、一行の文章でも読んでくださった全ての方に感謝します。そこらへんはホント面白かったです。
今年が自分にとっていい年でありますように。みなさんもね。