“記号化”するうつ病(ラフスケッチ)

■今や誰もが知る言葉となった“うつ病”。厚労省の発表によれば、うつ病をはじめとした、主に軽度の精神疾患(気分障害)にて精神科や心療内科へ通院する患者数は、人口の1.5%を超え数百万人となり、増加の一途を辿っているという。 ■うつ・不安啓発委員会のホームページ(http://www.utu-net.com/)開設や、「うつ気分を感じたら病院へ」と呼びかけるテレビCMまで流されている現状とは、一体何なのだろうか。 ■そもそも、うつ病とは何なのか。一般には、「抑うつ気分が慢性的に起こり、2週間以上もそれが続くような場合」に疑われる病気だとしている。 ■さて、うつ病に対して処方される多くの薬は、脳内の神経伝達物質(モノアミン)である「セロトニン」や「ノルアドレナリン」などの脳内に流れる量を増やすというものがほとんどだ。実際にも、うつ病が疑われる場合に、ファーストチョイスとして医師が処方する薬は、「パキシル」「デプロメール」などのSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる種類の、脳内セロトニンの流れる量を相対的に増やし、気分を安定させる作用を持つものだ。 ■つまり、逆に見るならば、うつ病とはセロトニンなどの脳内伝達物質に関わる疾患であり、「落ち込みがち」だといって、必ずしもその薬を必要とするかは、わかりにくい。 ■ここで現れる一つの問題は、抑うつ気分というのは誰にでも起こりうるのだが、その多くを一絡げに“うつ”としてしまう可能性を否定できないことである。 ■そもそも、落ち込みがちであるとか、気分がなかなか晴れないといった症状は、目に見える切り傷などとは違う。患者の“申告”によってしか、医師は判断ができないということに、ここに論じる問題の端を発するのである。つまり、うつ病は少なくとも、ある程度“申告病”であるのだ。 ■統合失調症における陽性症状や、躁病といった、一見して判断がしやすい精神疾患もある。だが、陰性症状を主な症状とするうつ病の“抑うつ状態”については、たった10分や20分の簡易的な診療では、医師も患者に対して十分な理解をすることは難しいと思われるだろう。

■ここで冒頭のデータを踏まえて考えてみよう。うつ病患者の増加は、メディアによるうつ病という病気の存在を知らせることとリニアリティをもった関係にあるのではないか。つまり、全体的にうつ病の患者数が底上げされるのは、“申告病”であるがゆえの必然ではないだろうか。そして、全体的なうつ病の程度は軽症化しているとも言えるだろう。 ■日本において、うつ病という診断名は、15年から20年ほど前からゆっくりと人口に膾炙しはじめた。そして今では、誰しもが気軽に「うつ気味」という言葉を口にするようになった。まさに、これは「病名の記号化」が起こったのだと言えよう。(「精神分裂病」が悪い印象を与える病名として「統合失調症」に“名前=記号だけ”変わったというのも最近であることに注意だ) ■記号化するうつ病。入れ物(病名)の変わらない新しい中身(症状)はなんなのだろう? 都会のクリニックにはうつの患者があふれ、予約制を敷き、十分な診療時間を取れないという悪循環すら起こっている。その元凶は、メディアの主導する新しい「うつ」の氾濫が招いたものなのではないか。 ■メディアによって記号化され、すでに変質してしまった「うつ」の濫用が、果たして今何の意味を持つのであろうか。(書き下ろし)

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コメント (3)

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