小説を連載してみる実験。興味ある人だけ覗いてみてください。
--フェーズⅠ
彼が目覚めるのは、国道沿いの、下手に派手な名前のつけられたマンションの立ち並ぶ、なにが起ころうと不安の惹起されることのない、そんな番号で割り振られた、あるマンションの中の自宅の一室。部屋はお世辞にも片付いてはいないが、探し物を思いつけば彼の覚えているところ、それも手の届く距離にあって、当人だけの生活をするぶんにはいたって快適なのだろう。
この部屋を立体に切り取ってパッケージに押し込んで、サーモグラフィーで横から撮影、それに「短い永遠」なんてネーミングしてみたら、くだらない芸術賞の一つやふたつ取れてしまうかもしれない。もっともその手法を、まっぴるまのハムスターの檻に使っても、同じ結果になるんだろう。
家を出て、灰色を基調としたベッドタウンから目をそらすように、うつむき加減に足を動かす。左、右のつま先に力をいれて、一歩一歩地面を蹴飛ばすように歩けば、人より少しはこの背景から逃れるのも早くなるのだろうか。通勤時間だから、当然同じ方向へと足を向けている人は多いけど、彼がこんなことを考えているとは誰も思うまい。そんな反抗を抱えながら行く先は、同じ中間目的地、ありふれた駅なのだけど。
通学先の高校までは、自宅を出て電車を3本乗り継ぎ一時間半。鉄道会社のダイヤを彼は毎日自分で書き換えていた。その「生きるための期待値」という名前の時間と距離は、ふとしたきっかけで急に長くなってしまって、それは一向に元に戻る気配を見せてくれない。学校へ通うごとに摩滅する靴底と、自意識に押し込める心労に強いられ、そのある種の登山のダイヤグラムは、彼を追い込ませるには十分すぎた。
日々変わりゆくことのない都心の空気を、電車でかき分け進まされ、決まったところで電車から投げ出される。自宅とはまた違う、まとわりつくような空気に囲まれた住宅地に踏み出せば、すぐ学校は見えてくる。たどりつくまでの風景は、見なくたって大方見当はつく。部屋も家もマンションも電車も学校も……知らない人がいる住宅だって、整然と並んだフォルダと見れば、同じく無味乾燥。すべては記号で割り振られ、そこに生き物の匂いは嗅ぎ取れない。ただ唯一の希望をひりだすとすれば、電車の行き先を示すたった一つの印を見失いさえすれば、彼はいつだって終点――なにも知らない見たことのない場所――まで行けたのかもしれないということ。
